昼。
路上生活者は風景の一部と言っても過言ではないこの町で、港に近い
コンテナが積まれた殺風景な歩道の脇で、ひとり眠っている。
ダンボールではなく簡易ベッドだ。
全荷物と思われるショッキングピンクのデイバッグが、演劇の小道具に感じられた。
現実なのに、演劇のひとこまを見ているように思えたのは、少女の無防備さゆえ
だったのだろうか。
夜。
中央分離帯がある、6車線の大きな通り。
上半身はあちこちに穴が開き、肌が見える白いカットソー。
下半身は太ももが透けて見える薄い化繊のロングスカート。
不安定な服装で体をくねらせ、ゆっくり大きく踊っている。
足元にはセミダブルベッドほどの大きさのダンボールが敷かれ
その四辺は10cmほど立ち上がっているが、布団らしき布はない。
彼女は、なぜ人通りの多い薄暗闇で踊っているのか。
男を誘っているのか。
それとも他に目的があるのか。
商店街を歩いていて声をかけられたとき、一瞬身構えた。
1人が声をかけ、それに気を取られている間にもう1人がカバンの中の
ものを盗む手口かと思った。
ところが彼は、私がバンダナを落としたことを教えてくれたのだった。
マニラの宿をチェックアウトしたのは9時50分を過ぎていた。
宿から徒歩1分のところにあるリムジンバスのバス停で10時の出発を待っていた。
もう出発というそのとき、見覚えのある宿のスタッフが座席にいる私を見つけ
バッテリーチャージャーを大きく翳した。
「サラマートゥ サラハット(どうもありがとう)♪」
チェックアウトしてすぐに、部屋を点検してくれたのだ。
これからどんな乗り物に乗って、どこに向かうかなんて、誰にも言って
いなかったのに、急いで宿を出た様子から、10時発のリムジンバスに
乗るじゃないか?と推測してくれたのだろう。
もし彼女が機転を利かしてくれていなければ、危うくカメラは無用の
重い荷物となっていたに違いない。
ヘドロ色の海と、肺の奥まで壊れそうな排気ガス。
美しい夕陽と、星降る夜。
世界中からダイバーが集まる美しい海と、椰子の葉がたなびく長閑な村。
高層ビル群と、高級住宅街。
バラック群と、窓ガラスがない家。
穴の空いたTシャツと、市場にあふれる新鮮な食材。
連れて帰りたいほど美味しい焼き鳥と、ココナツジュース。
キティちゃんと、ノラ犬と首に鈴を付けた飼い猫。
町を往来する変顔ジプニーと、乗り合わせた人たちのくったくない表情。
フィリピンで治安の悪さを感じなかったのは、幸運だった。
何人もの親切な世話焼きさんに助けられた。
貧しいの基準は何なのだろう。
国民総所得 (GNI=Gross National Income)= 国内総生産+海外からの
所得の純取得の合計か。
貧乏な人とは、少ししか物を持っていない人ではなく、無限の欲があり、
いくらあっても満足しない人のことだ。
ホセ・ムヒカ元・世界一貧しい大統領@ウルグアイがおっしゃる、「無限の欲があって
いくらあっても満足しないことだとしたら、フィリピンで暮らす多くの人たちを
貧しいと言えるだろうか。
そんなことを考えながら、絶品の焼き鳥を頬張り最後の夜を過ごす。
全27話:完。