栄篤志ライブ@天国 >>もうチャージを取るライブはしないんやって
2012年 02月 13日
奄美唄者の栄さんがチャージを取る最後のライブ。
開演時刻は19時。
間に合った!!
写真を撮っていると、mintをすり抜けてみんみんが天国への階段を登っていった。
扉を開けると人いきれと煙草の煙で酸欠状態。
みやこちゃんにチョコレートを貰ってお約束のセリフをお返しする。
「あたしに惚れるなよ。」>>山田花子風に。
ビールや焼酎が行き渡り栄さんにスポットライトが当たる。
奄美大島の島唄を栄さんは今夜どんな思いで唄いはるんやろう、この天国で。
67歳の栄さんがここにいる。
等身大の栄さんの唄を聴く。
栄さんの唄を聴くと自分の薄っぺらさが露呈して心がヒリヒリする。
だからこそ惹かれるんやと思う。
朝顔節、いいな。
栄さん曰く「暗い曲やけど結婚や新築など奄美では祝いの唄でその時々にあわせて歌詞が変わるんです。」
「閉店や。って言うたらたくさんの人が来てくれはって・・・。」
>>天国は閉店じゃないんですけど・・・。もしかして閉店するのは栄商店?
2部は萩原きよみさんと大野正喜さんのユニット「nana」。
ルーツ奄美の方だそうで手話を交えて喜界島から飛んだ特攻隊のことを歌ったオリジナルや
榊”よーちゃん”義弘の「テゲテゲで行こう」や「童神」など。
3部は栄さん。(^^)
チューニング・・・の巻。
「ひろっさんの曲を演ろうと思ったけどちゃんと出来そうにないからまた今度。」
>>また。って何よ・・・最後のライブじゃないの? また演るんや!!
客席、大爆笑。(^^)
奄美の三線は沖縄と違って竹バチで弾くのだ。
我、関せず、縦横無尽の栄さん、ここにあり。
(^^)
あっけなく終わって客席は唖然。
「いいとも」みたいに「え~~~~~~」の大合唱。
そして4部へ。
栄さんが奄美から大阪に着いたのは1959年。
「1953年に返還されたとはいえ、統治が日本(大和)に戻っただけ。
最期まで奄美に帰りたがってはったお母さんが大阪で亡くなられた話や
会社員時代は唄なんて唄っている状況でも精神でもなかった話を聞くにつけ
奄美の言葉はわからないけれど、栄さんの唄、これこそ民衆の唄、民謡やと思う。
だからこそ、栄さんの唄に感銘するんやと思う。
だからこそ、栄さんの唄を聴きたがるんやと思う。
曲が終わって三線を置くからどないしたんかと思ったらステージの途中でトイレに行く。
「歌詞がよう見えへんのや。」と、メガネをかけたのにも関わらず
歌い始めてから「あ!ちゃう曲やったわ。」と、アツシハイマー炸裂。
「こんなライブでお金なんか取られへんやろ。」
そう思う気持ちはとってもわかる。
人には優しく自分には厳しいんやね。
音楽を、島唄を愛しているんやね。
「ハルイチの出演は断ったけど百恵ちゃんが床にマイクを置いたように三線を置いたわけじゃない。請われたら唄うよ。」って。
m’s Barにも唄いに来てくれるって。