太陽の塔内部公開、ありがとう チーム太郎

まるで、タイムカプセルを開けた感覚。
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1970年。
小2女子は、両親と梅田から千里中央を経て万博会場へ。
大勢の大人に埋もれ 、暑さによれながら、太陽の塔の周りに
並んで、並んで、ようやく入場。
冷房や、冷房、涼しいぞ!
閑散とした薄暗い空間に、1本の樹と長いエスカレーター。
樹にまとわりつく生き物のオブジェに何の興味も湧かず。
子供ながらに太陽の塔がアジア初の万博の最も重要な
パビリオンであることは知っているし、岡本太郎が特別な才能を持った
芸樹家ってことも刷り込まれている。
だからここは感動する場面だ。
けれど・・・。
何、コレ?
大きく裏切られた期待を胸にエスカレーターを登る。
つまんなぁー。
それでも私は外に出たくなかった。
ずっと太陽の塔の中にいたかった。
だって涼しいんだもん。
そんなわけで、太陽の塔の内部って汗がひく気持ち良さ以外
好意的な印象がないまま現在に至っていた。

2018年。
再び太陽の塔の内部に入る機会を得る。
大阪市営地下鉄は大阪メトロになり、エキスポランドは閉園
したけれど、太陽の塔は健在。
48年前と同じように両手を広げ、迎えて入れてくれた。
太陽の塔のエスキース(下絵)や1970年代当時、地下にあった
「地底の太陽」(復元)を見ながら奥ヘと誘導される。
わぁぁ、すごいやん!
「生命の樹」ってこんなんやったんや!!
デザインと実益(BGM=黛敏郎作曲の「生命の讃歌)をより良く聞かせる)
を兼ねた、シンフォニーホールのようなデコボコした「智のひだ」と名付けられた
赤い壁も、素晴らしい。

樹の根の方からてっぺんに向かって、原生類、三葉虫、魚類、両生類、
はちゅう類、哺乳類続く。
当時はオブジェが動いていたそうで(覚えていない)、オブジェに付いていた
動かすための”頭脳”が残っているものもある。
オブジェの全ての生命体は実在する(した)もので、
改めて見ると、その躍動感や生命の歴史にめちゃくちゃ感動。

最上階に着くと、なんですか、コレ!!
くり抜きの左手に、太い巨大な枠が色鮮やかに奥に吸い込まれるように伸びている。
まるで宇宙戦艦ヤマトに乗っているよう。
1970年代当時は、これが空中展示場から出口へと続いていたのだそう。
あぁ、未来の進歩の世界に吸い込まれたい。

耐震補強を機に内壁を20cm増し、エスカレーターは階段に
取り替えられている。
子供の頃、大きく感じたものが大人になってみると
こんなに小さかった?って思うものだけれど
太陽の塔は違った。
外から想像するより広く感じる。
その広さは、内径が狭くなっているにも関わらず、子供の頃に
感じた空間感と、さほど変わらない。
これって、太郎マジック?!

岡本太郎は明治生まれ。
フランスに住んでいたので戦争には行っていないと思っていたら
30代で出征してはるんやね。
生きてはったら、この感動をお伝えしたい。

新しいものを生み出すことに価値観を置く。
技術革新によって、設計図を具現化する。
万博って、素晴らしい文化偉業や。
よくぞ太陽の塔を完成させてくれたこと。
チーム太郎に惜しみない拍手を。

太陽は人間生命の根元だ。惜しみなく光りと熱をふりそそぐ、この神聖な核。
われわれは猛烈な祭りによって太陽と交歓し、 その燃えるエネルギーに答える。
内部の写真撮影は不可やったけど、感動の記憶は心のSDカードに記録。

いないいない、
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ばぁー。
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後ろの顔(黒い太陽)って、平面やと思い込んでいたけど
鼻の高さがあって、立体になっている。
そして素材は、信楽焼のレンガタイル。
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迷子テントのイラストが可愛い。
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猫背の塔。
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そびえ立つタワー。
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撤去も移設もせず、残していてくれて、ありがとう。
再生してくれて、ありがとう。
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by mint_jam | 2018-04-12 22:18 | architecture | Trackback

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