ソール・ライターと1950年代アメリカ文化@伊丹市立美術館

ソール・ライター展開催中に2つの講演会を聞く。

ひとつは、アメリカ文学研究者・翻訳家である柴田元幸さんによる
「ソール・ライターと1950年代アメリカ文化」と題した講演会。
会場は2階の展示室。
サラウンデッド バイ ソール・ライターの写真たちという至福の状況。
伊丹美術館では、エドワード・ゴーリー展に続く、2回目の講演。
「呼んでいただいて嬉しい。」と喜ぶ柴田さん。

ソール・ライターは1923年生まれ、ロバート・フランクは1924年生まれ。
ともに大正生まれだ。
ふたりに共通するのは、動かないこと。
詩人・リチャード・ブローティガンや、絵本作家のエドワード・ゴーリーも
アッサンブラージュの箱作家・ジュセフ・コーネルも動かない人だった。

アメリカの民の哲学は、自分が一番大事ということである。
誰もが自分が世界をコントロールする意識を持っているが、彼らは違った。
1950年代のアメリカは、ネクタイはこうあるべき、女はこうあるべきなどなど
文化の王道”型”が決まっていた。
裏を返せば、型にはまれない人が息苦しい時代、物が脆弱していった
ビートニクの時代だ。
それは、ジャック・ケルアックがロバート・フランクの写真集「アメリカンズ」の序文を
飾ってることにも現れている。

ソール・ライターの代表作「アーリー・カラー」と「アメリカンズ」が撮影されたのは
ほぼ同時期だが、フランクの作品の主役は、帽子を被っている人、靴を履いている人など
写っている人であるのに対し、ライターの作品の主役は帽子や靴。
ソール・ライターは、人間の内面には興味がない=人間の内面に特権化しない。
それは中心を外した構図にも現れている。
鏡、霧、雨、雪、ドア、バス、傘・・・生涯愛したソームズ。
作品から感じる静かさと優しさは、あざとさがなく、ニューヨークの忙しさとも
相容れない。


もうひとつは、ソール・ライター財団創始者&ディレクター:マーギット・アーブさん
ご夫妻による講演。

画家になりたかったソール・ライターは、生涯、絵を描き続けた。
まるで日記のように。

ソールは、日本美術の影響を受けている。
3000冊の蔵書の中には、葛飾北斎、歌川広重といった浮世絵関連の本が
たくさんあり、かなり興味を持っていたことが伺える。

写真と言えば白黒だった時代に、「アーリー・カラー」としていち早く
カラー写真を世に出した。
お金がなかったから、期限切れのフィルムを格安で買って使っていたのか
現像しそびれてしばらくほっていたからか・・・。
ソール・ライターの写真の独特の色の理由は、そういうことにある。
今も現像していないフィルムがたくさん残っているが、現像するすべがない
ので、財団としては、それが非常に残念だ。

兵役を不適合を理由に免れたのは、おそらくユダヤ教のラビ(有識指導者)だった
お父さんの意向だろう。

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覚書として・・・。
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by mint_jam | 2018-05-18 23:07 | art | Trackback

フルーツフルな日々


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