神戸南洋植物パーク・ツアー ・・・A面

東洋一の大きさのドーム型温室が有名だった植物園、神戸南洋植物パークに
行ったことある人、いますか?
行ったことなくても、存在を知っている人、いますか?
私は神戸文化祭に参加している、上村亮太さん&太田朋さんの作品展
「神戸南洋植物パークノベライズ」@1003 で初めて知りました。
神戸文化祭のイメージカラー:オレンジと連動するオレンジ色の山陽(阪神)電車。
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神戸文化祭の一環として、予約不要&参加費無料というゆるさで
”大人の遠足”的、ブッシュウォーク。
須磨浦公園から傾斜20度を登る。(@@)
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自然に朽ちた、植物園の力強さ。
神戸市が管理しているの?
それにしても、こんな廃墟な敷地に自由に入ることができるなんて・・・。
開園は1964年。
椰子と竹。
これはジャングルか、はたまた・・・。

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旗振山・・・こんな名前の山が神戸にあるのね。
江戸時代中期から明治期にかけて、山の上から旗を振って
米相場などの情報を伝えていたんやって。
(驚)
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現役の南洋植物パークを訪れたことがある方が、当時の写真を
持ってきてくださった。
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いつかどこかでお会いできるかな?と思っていた方に会えたりも有り。
1003さん・上村亮太さん・太田朋さん、ありがとうございました。

wikiより
神戸市で貿易会社を経営していた塩田富造が海外進出に失敗した者に対する救済資金を集めることを目的として資財を投じて1964年11月に設立した。
当時の報道によれば、ドミニカ共和国で失敗した移民5世帯が神戸に帰国したが、日本政府が救済を行わなかったことに、塩田が憤慨したためと記録される。創設者は翌1965年に死去したが、長男邦博が引き継いだ。
開設当時、東洋一の直径30メートルのドーム型温室が存在し、パパイア、サボテン、マンゴーなど百数十種約六千点を展示した。
学校行事での利用などで多くの観光客が訪れたものの赤字続きであった事と温室が傷んだ事が理由で開園後約20年で閉園する事となり、その数年後に建築物は取り壊された。
閉園後も一部残され続けた株が長期間を経て成長し、跡地は熱帯植物が生い茂る。
所有者は税金の関係で土地を手放したという。
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by mint_jam | 2018-11-08 00:26 | plants | Trackback

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